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東京高等裁判所 昭和27年(う)1271号 判決 1952年6月26日

控訴人 被告人 朝島栄一郎こと李錫九

弁護人 鍜冶千鶴子 関原勇

検察官 中条義英関与

主文

本件控訴は棄却する。

理由

弁護人鍜冶千鶴子及び同関原勇の控訴趣意は本判決末尾添附の控訴趣意書記載のとおりであるから、これについて判断する。

第一点原判決が犯罪事実認定の証拠として引用している収税官吏大蔵事務官山本甲子男作成の質問顛末書記載にかかる被告人の供述は国税犯則取締法に基く同事務官の尋問に対するものなること及び同記載によれば同事務官は右質問に先立ち被告人に対して供述を拒み得る権利あることを告知した事跡のないこと孰れも所論のとおりである。然し、憲法第三八条第一項には何人も自己に不利益な事項については供述を強要されないこと即ちいわゆる黙秘権あることを保障しているに止まり、進んで如何なる国家機関の質問に際しても必ず予め黙秘権の存在を告知すべきことまでも規定したものではなく(最高裁判所昭和二三年(れ)第一〇一〇号同二四年二月九日大法廷判決参照)、斯る告知義務の存否はその質問手続の捜査過程における段階並びに性質及び内容の軽重難易等に即し適宜法令を以て規定するところに委ねる趣旨なりと解するを相当とする。故に国税犯則取締法には犯則事件調査のための質問に先立つて黙秘権の存在を告知すべき旨の規定はないこと所論のとおりであるがこれは同法による犯則被疑事実の取調は通常の犯罪捜査手続からみれば告発を前提とする一種の準備手続的地位にあるに過ぎないものとみて同法に告知規定を設けなかつたものと解せられるから、その規定のないことは当然同法律の違憲無効の原由となるものではない。従つて供述を強要した事跡がない限り同法に則り黙秘権の告知なく行われた収税官吏の質問顛末書を以て証拠能力を欠くものとなすは失当である。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 武田軍治)

控訴趣意

第一点原判決は無効な書面を証拠として採用し事実認定を為して居り之が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄されるべきである。即ち原判決は事実認定の為の重要な証拠として信濃中野税務署収税官吏大蔵事務官山本甲子男の被告人に対する質問てん末書(記録三一丁)を引用しているが国税犯則取締法第一条第十条によるものである。而して同法第一条のこのてん末書作成についての権限、収税官吏の嫌疑者に対する質問権は実質的に検察官、警察員の取調と同じであるから、憲法第三十八条が保障する供述拒否権を当然に告知すべき義務を負なければならない。しかるに刑事訴訟法に於て捜査官である検察官、警察員はこの義務を負つているにも拘らず、国税犯則取締法はこの点について何等規定せず憲法の保障する供述拒否権を行使する機会を与えない違憲の法令であり、之に基いて質問し作成された前記てん末書は無効のものといわなければならない。従つてこの無効な質問てん末書を証拠として採用し事実認定をなした原判決は破棄を免れないものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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